庭で小鳥がチッ、チッとさえずるのが聞こえる。
あたりの穏やかな朝の光景とは逆に、今日子の躯の内では、赤い炎が妖しく熾っていた。
どうしたのか。
どうして来ないのか。
不意に、どこからか女の声が聞こえてきた。
聞き覚えがある。
その声はだんだんと大きくなってきた。
「さあ、もう目隠し、とっていいわ……この奥が、アトリエよ。
とにかくね、さっきも言ったように、このお方は油絵も彫刻も素人離れしてるのよ。
玄人といっても間違いないわ。
私も作品をいくつか譲り受けたのがあるのだけれど、あるとき、本物の画商が来た時ね、『奥さん、これは誰の作品でしょうか。
さぞかし有名な画家がお書きになったんでしょう、もしその気があるなら売って欲しい』だなんて、そう言うのよ。
私だってね、描いた人から好意で譲っていただいたものを売るわけにはいかないでしょ、
『これは私の宝物だから、いくら積まれても売れませんよ』
って言ったら、『せめてお名前でも教えていただきたい』とせがむのよ。
ああ、このドアに懸かっているこのお面を見て。
これもあのお方の作品。
中米の……どこの国だったかしら、その、豚と狼と禿鷲の混じったような化物のお面よ、魔除けの。
現地の人に教わって、これを作ったら、『もう教えることない』って言われたって……さあ、もうおしゃべりはやめましょう。
きっとお待ちかねよ」
女の声は、一瞬絶えた。
カラカラ、とドアが開く音がして、さっきとは違う一段高い声で
「今日子、さん、いらっしゃる?……あ、いるわ。
遠見です。
お連れしたわよ。
……さ、カンちゃん、入って入って」
背後で、足音と、軽い衣擦れの音がした。
それが止んだ後、今日子はゆっくりと、女王が謁見に臨むような身のこなしで、立ち上がった。
後ろを振り返る。
左には遠見夫人が立っていた。
風船のように膨らんだ丸い身体の上に、これまた丸い顔がのっている。
額にはもう汗がうっすらにじんでいる。
眼鏡の奥の目はニコニコと笑っている。
そのやや斜め後ろに、背の高い、若い男が立っていた。
スーツ姿のその男は、ホストというよりは、スポーツ選手のように見えた。
驚いたことに、その若者は今日子の姿を見ても、眉一つ動かさずに立っている。
今日子は、彼に向かって心持ち胸を張った。
今日子が身につけているのは、黒い軍用のガスマスクと、黒いヒールだけだ。